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息子のおかげで知った舌癒着症

私が始めて『舌癒着症』という言葉を知ったのは、初めての子である長男を産んでからでした。

息子が『舌癒着症』であると産院の助産師さんに教えられ、「舌癒着症は遺伝するので、この子の癒着も両親からの遺伝だろう」と言われたのです。

その後、親の舌癒着症については特に診てもらう機会もなく過ごしていましたが、生後三週間で舌癒着症の手術をした息子の舌が生後三ヶ月頃に再癒着しているのが解り、二度目の手術をしてくださった山西先生に診ていただくことになりました。

案の定、確かに舌癒着症であるとのこと。しかも、私の上唇小帯は切れた形跡があり、ぶつけるか何かして切ったことがあるのだろうと言われました。そんな記憶は無いので、たぶん子どもの頃に口の中をちょっと切るケガをしたことがあるのでしょう。

「私は手術をしたほうがいい程度なんでしょうか?」と訊いたところ、確かに癒着は強いとのこと。言われてみれば、舌癒着症が原因かな? と思われる症状には心当たりがあります。

・自分のまわりだけ空気が薄いような息苦しさ
・目の下のくま
・冷え性
 ……などなど。

大人になってからの舌癒着症の手術は、赤ちゃんに対するより深く(三層まで)切らないと効果が出難いのだそうです。また、手術をしたからといって必ず効果があるかどうかはわからないと言われました。まだ赤ちゃんの息子が2度も手術をしたのだから私もやらなくては! と、奇妙な義務感もあり、手術を受けることにしました。

緊張の手術

山西先生の病院では、手術は毎週火曜日の午後からと決まっています。先ずは赤ちゃんの手術。大人はその後です。

午前11時から12時頃までに食事を済ませ、水分補給は2時まで。手術後は様子をみるため、すぐに帰れないそうです。

夫が午後から休みをとってくれたので、一歳になったばかりの息子を連れ、数時間外出しても大丈夫な仕度(飲み物、おやつ、おもちゃ、おむつ、着替えなど)をして出かけ、病院の近くで合流しました。

本当は夫には家に帰ってきてもらって息子と待っていてもらえばよかったのですが、私がたいへん緊張しやすい性質(加えて、痛がりでビビり屋)なので、つきそってもらいたかったのです……。

病院に到着すると、赤ちゃんの手術はもう終わって帰るところのようでした。息子の手術のときを思い出し、「今日は泣いてたいへんだろうなあ」とか「元気に大きくなってね!」と心に念じて見送りました。

手術を待っているらしい大人の患者さんで、点滴をうっている方がいました。赤ちゃんの手術しか知らなかったので、「点滴なんてやるんだ!」とちょっと驚きました。

少し待って、私の名前が呼ばれました。

早速切られるのかとドキドキしながら診察室のイスに座ると、手術はまだとのこと。「手術のときにはちゃんと言いますから、いきなりやったりしませんよ」とにこやかに言われてホッとしました。

麻酔薬を染みこませたガーゼを舌を持ち上げた裏側と上あごの前歯のところと上唇の間に挟みこみ、点滴をうたれました。点滴には抗生剤が入っているそうです。
 苦い麻酔薬交じりの唾液を飲み込まないよう言われ、唾液を吐き出すための器と箱ティッシュを渡されて待合室に戻りました。

手術の始まりです。舌の裏側を三層までと、上唇小帯を切る予定です。

ガチガチになっている私の緊張をほぐすため、山西先生や顔なじみの看護士さんが明るく声をかけてくれましたが、よほどビビっていたのか内容はよく覚えていません。

診察室のイスに座るよう指示されて従うと、歯医者さんのイスのように自動的に倒されました。私は髪をしばって後ろで止めていたので、髪留めを外してよそへ置いてもらいました。(最初から縛らずに行けばよかったと後悔しました)

口の周りを消毒され、丸い穴が開いた緑色の重いカバーを顔と体にかけられました。穴は口にあてられており、手術をする患部だけが見えている状態です。また、点滴はつけたままでした。

左手の人差し指には心拍数や血中酸素濃度を計るクリップ式の機械が付けられ、口を開けた状態で固定する器具(私からは見えませんでしたが、万力とかクランプみたいなのかなと感じました)が装着されました。

「舌をあげて〜」と声をかけられてその通りにすると、細い糸で舌を固定している感触がありました。

「この手術の中では、この麻酔が一番痛いと思っていいよ」と言われ、すぐに舌の付け根あたりにブスリと注射針が!! さきほど麻酔薬が染みたガーゼをあてていたところなので、表面は麻酔で何も感じなくなっているのですが、奥のほうはまだ感覚が生きています。

向きを変えて何度か刺されましたが、その度に「あがががっ」とか「いだだっ」というような声を喉の奥であげてたのですが(口が大きく開いた状態で固定されているので、ちゃんとした声は出せません)、そのたびに山西先生が「痛いよねーそうだよねー」と言いつつ、きっちりブスリブスリと注射していました……。

私はずっと「この感触を言葉で表すにはどうしたらいいのだろう」と、現実逃避気味に考えていました。ちなみに、思いついたのは『濡れた木綿の布地に錆びた針を刺すような』という言葉です。

このあたりは、歯の治療のときの麻酔と同じ感じです。麻酔薬も同じものだそうです。

麻酔の注射が終わると、いよいよ本格的な手術の始まりです。

「始めるよー」と声をかけられ、かすかにザクッと切り開かれる感じが解りました。たまにピーと小さく機械音がしていました。

歯の治療もそうですが、痛みにたいして歯を食いしばって我慢することができないというのは、得体の知れない恐ろしさを感じます。

無痛のままザクザクと切られていくうちに、ほんの少しだけ痛みとも言えぬ感触が沸いてきて、「あれ? ちょっとだけ感触がある? 麻酔がちゃんと効いていなくて、このままいくと急に激痛になっちゃう??」とあらぬ妄想が……。

まだ痛いとまでいかないのに「痛いです!」と強く訴えたら、またあの痛い痛い麻酔注射をされてしまいました。後悔しました。

私はずっと「いつまでやるの?」「まだ終わらないの?」とぐるぐる考えながら、自分が無意識のうちに手足に力を入れて固まってるのに気づき、身体の力を抜くというのを繰り返していました。

そのうち心拍数などを計る機械をつけた左手の人差し指が揺れはじめ、どうやら恐怖と緊張のあまり震えているようでした。

息子は私とのお風呂でシャワーをかけられるとガクガク震えて泣き叫ぶので、怖いときに震えるのは私の血筋なのかしらとどうでもいいことを考えながらも、両手が震えるのは手術が終わってからもなかなか止まりませんでした。

そうこうしている間も、診察室の外から息子の元気のよい声が聞こえてきます。だーだー、ぶーぶーと息子の喃語は時に叫び声に近いほどシャウトし、そのたびに山西先生と看護士さんが「声大きくなったなあ」とか「お喋りだから頭よくなるよ」などと言って笑っていました。

空気が美味しい

「二層まで切ったよー」と山西先生の声が聞こえたころ、ふいに口の中が広く感じました。口も舌も固定されていたので確かめようも無いのですが、口内の空気感とか舌が軽くなったのを感じたのかもしれません。

そして、看護士さんの「あ、すごい。酸素濃度が96から99になった」という声が聞こえた途端、深呼吸をしたときのようなたくさんの酸素が、すうっと身体に入り込んできたのを感じました。マスクを外したときのような、サウナから出たときのような感じです。

それまで100以上だった心拍数が落ち着いてきたそうで、山西先生が「普通は手術が進むほど緊張して心拍数が上がるけど、この手術は反対に落ち着いてきちゃうんだよねー」と言うのが聞こえましたが、私の手は相変わらず震えていました。そーとーなビビり屋です。

舌小帯の手術も終わりに近づき三層まで切ると、私の血中酸素濃度は99〜100%になったそうです。確かに、手術前(というか、二層を切る直前まで)と同じ空気なのに、空気がとても美味しく感じられました。同時に、ずっと意識しなかったけど、自分って実はかなり苦しかったんだなと思いました。

やっと終わったと脱力したのもつかの間、次は上唇小帯の手術です。また麻酔注射です。口を固定していた器具や糸を外し、上唇をめくって麻酔注射をうたれました。

でも、上唇小帯のほうはわりとさくさくとすぐに終わってしまいました。上唇小帯の筋を切るときのブツッブツッという感触と、肉が焼ける匂いだけが感じられました。私もお肉なんだなあと、当たり前といえば当たり前なことを考えているうちに終わってしまいました。

カバーや器具を取り外し、イスが起こされ、点滴が外されました。

ずっと緊張していた身体は強張り、両手は相変わらず震えていましたが、待合室で待つように言われて診察室を出ました。

待合室で待っている間、手術の様子を夫に話したいのに、舌がまわらず思うように話せません。

筆談も交えて伝えている間も、口の中では唾液がどんどん沸いてきていました。ポケットティッシュでは間に合わないので、タオルを口にあてていました。

忘れないうちにと手術の手順をメモしようとしても、手が震えるのでまともに字が書けませんでした。

しばらくして、もう一度診察室に呼ばれました。診察台のイスに座ると、山西先生が上唇をめくって、いつの間にか挟んでいたガーゼを取りました。

手鏡を渡されて傷口を見ると、舌の根元にひし形の大きな穴があいていました。上唇をめくると、上唇小帯の筋だけではなく、歯茎にそって上唇の裏側をはがすような感じにけっこう深く切られています。上唇小帯は、そこまで切ることで鼻の通りがよくなるそうです。

処方される薬のこと、明日また診せにくること、その後は一週間後と一ヵ月後にくること、看護士さんの説明を受けることを伝えられ、舌小帯を切った傷口にガーゼを入れ、私の手術は全て終わりました。

処方された薬は、
・パセトシンカプセル 細菌の感染を抑える
・ロキソニン錠 痛みや炎症を抑え、熱を下げる
・ボルタレンサポ25mg 痛みや炎症を抑え、熱を下げる

の三種類で、上二つは食後に一つずつ、三つめは座薬て痛みが強いときに使います。

手術の麻酔は家につくころには切れてくるので、処方箋を持っていって薬局で薬を受け取ったら、痛み止めのロキソニンだけは先に飲んでおいたほうがいいとのことでした。また、授乳のときには少ししぼってから与えることにしました。

看護士さんも最近舌の手術をしたそうで、自分の体験もふまえて助言してくれたので、とても心強く感じました。

この手術は人によって受け取る痛みが違うようですが、私の場合は麻酔の注射と点滴の注射が痛かったくらいで終わりました。

前に親知らずを抜いたことがありましたが、あの時と比べたら歯を抜くのが10とすると、舌癒着症の手術は7〜8くらいでした。

ネットで読める舌癒着症の手術体験談

まりもまま - ままとぱぱのページ - 読者相談室
おっぱいとごはん」など育児書の著書をお持ちのまりもまま(竹中恭子)さんのサイト。舌と呼吸を考える会作成「舌癒着症ガイド」の抜粋から、いくつかの体験談が掲載されています。「舌癒着症相談室」も必読です。

エコママ倶楽部 舌癒着症
ブログ「エコママ倶楽部」さんの舌癒着症体験記。ご長男2歳3か月、ご次男9か月のときに舌癒着症を知り、向井診療所で手術をされたそうです。

shou's show health
ご夫婦とお子さんで舌癒着症の説明会に行き、手術を決意し、奥山医院で3人同時に手術されたレポートです。

天使のうたたね 舌癒着症
ご家族全員の舌癒着症手術体験のほか、掲示板に寄せられた情報、向井診療所の詳しい案内などが見られます。

育児日記
作りかけのページのようですが。手術の効果に確信が持てない、小児科の先生に手術をしたことを話したら叱られた、といったエピソードです。


新幹線に乗っていこう!
お父さんによる娘さんの手術体験記です。手術を決めた理由について詳しく書かれています。


炭酸ガスレーザーによる乳児の舌小帯切除の意義 山平義之(秋田県)
体験談ではありませんが、秋田県の歯科医・山平義之先生によるレポートです。

生後2か月。舌が再癒着!?

やはり問題は耳鼻科系では……(喉がゼロゼロ言う症状も続いていたし)ということで、今度は向井先生のお弟子さんにあたる先生が都内にいると紹介され、都内の耳鼻科(桑島耳鼻科。現在、ここで舌癒着症の治療をしていた山西先生は独立して開業されています)へ行くことになりました。

すると、いちど手術した舌が再癒着しているとのこと。向井診療所では術後1か月の検査でも異常なしだったのに……と言ったのですが、その後に再癒着したのでしょうと言われました。

授乳中の血中酸素飽和度を見てみると、最高でも97%程度で、時には92、3%になることも。正常な子は98~99%といういことですから、明らかに問題です。最初の手術である程度は改善したものの、舌の使い方が下手でうまく動かせないままだったので、かなりの部分が再癒着してしまっていたようです。

再手術するかどうかは親の判断しだい、と言われましたが、あの酸素飽和度の数字まで見せられて手術を拒否する理由がありません。すぐに手術をお願いしました。

生後3か月になる1週間ほど前に再手術。翌日の検査では、舌をかなり強く引き剥がして再癒着を防ぎます。いやー、あんな剥がし方は素人が自分の子どもになんてできませんわ……。大岡越前なら、ここまで剥がせない方を本当の親認定するはずです(妻談)。向井診療所でもこのレベルで剥がすことを求めていたのなら、そら無理やで……と思いました。なぜか関西弁で。

山西先生にはその後も風邪をひいたときなどにたびたびお世話になっていますが、息子はすっかり顔を覚えて、先生の顔を見るだけで号泣するようになってます。

手術後は、肌の色が良くなり、大理石様皮膚やチアノーゼも、ほどんと見えなくなりました。でもまだおっぱいやミルクはあまり上手に飲めないし、体重もそれほど増えていません(この時点で4,000g前後)。


恐怖の3か月児検診


3、4か月児検診の期日が迫ってきていました。私は行かなかったのですが妻は前からかなり心配していて、案の定大変な目にあって帰ってきたようです(が、覚悟をしていたので予想以上のダメージではなかった様子でした)。

この検診では赤ちゃんの発育(体重の増え具合)を見て、問題アリとなった場合は母親に栄養指導などをするそうですが、あまりに発育が悪く、疑り深い職員に当たった場合には、虐待が疑われて母子が引き離され、強制入院となってしまうケースもあるんだとか。わが家では幸いにもそこまでひどい職員に当たることはなかったのですが、それにしても栄養足りてないぞ親は何やってんの、的なことを言われたそうです。

具体的には、こんな感じだったそうです。

・身長体重、頭囲胸囲の測定、小児科医の診察、保健婦の育児相談と、流れ作業で係りの人に息子を渡すたびに「あら? 小さいのね。産まれたとき小さかったの? (問診表をみて)むしろ大きかったのに!?」と、親は何をしているの、とでも言いたげな目で見られた
・小児科医と保健婦に舌の手術を伝えると、「ああ~…」とやっちゃったのね的ため息をつかれた
・同じ月齢の子たちのぷくぷくぶりを見てへこんだ
・帰りに、しつこく保健所の育児相談や診察を受けるようすすめられた

現在の赤ちゃんの発育基準というのはミルク育児が基準で栄養過剰気味である、とのことですが、まあそれにしても息子の発育が悪かったのは事実でしょう。親のアレさが原因で育たない子を出してはいけない、という行政の立場も想像できますが、結果の数字だけ見てできる努力はちゃんとやってる親を凹ましてどうするよ、という気分でもあります。困ったもんです。


ようやく体重5,000gを超えて体力がついた!


この頃、妻は、いつも「体重が5kgを越えれば力もついておっぱいが飲めるようになる」ということを言っていました。私はあまりこの根拠を理解できていませんでしたが、確かにそうなりました。

体重が4kg台後半になった頃からミルクを飲む速度も上がり、40~50分かかっていたのが20分ぐらいに、やがて10分そこそこで飲めるようになりました。きっと、おっぱいを飲むのも同様に上手になっていったと思います。

後に私自身も手術をして経験したのですが、舌の手術後の違和感というのは、けっこう後まで(1か月以上も)残ります。二度目の手術は「手術をしたらすぐにおっぱいが飲めるようになって体重もぐんぐん増える」ということを期待していたのですが、そもそもそういうものではなかったようです。手術直後は前よりもおっぱいを飲むのが下手になり、その後、徐々にうまくなっていくそうです。

また、舌癒着症の手術は第一に呼吸の改善が目的であり、「すぐに体重が増える」という期待は、そもそも過剰というか目的外というか、的外れなものであった、といえます。


7か月検診。舌癒着症に理解のない小児科医でまたもやひどい目に

母子手帳には成長曲線を書く欄がありますが、7か月ころになると、それまでずっと体重の正常範囲を下回っていた息子の体重が、範囲内の下の方に入るようになりました。なので、7ヶ月児検診のときには、妻は何の心配もせずに、近所の小児科へ行きました。

ところが、その小児科は舌癒着症に否定的な医師だったので、病歴として舌の手術をしたことを伝えると態度が一変! 範囲内とはいえまだまだ痩せすぎ赤ちゃんだったのもあってか、まるで子供を虐待したかのような態度を取られたそうです。

その時には、またまたかなり凹んだようですが、後から別の小児科にかかったところ、いろいろと古い情報のまま診察している先生(予防接種後の指示が違っていたり)なのだとと解りました。

舌癒着症については否定的な小児科医が多いと聞いていたので、息子が体調を悪くしたときや三種混合ワクチンなどの予防接種を受けるときも、妻はそれぞれ違う近所病院に行って、舌癒着症に理解のある、安心してかかりつけにできる病院を探していました。その結果、大きな病院や新しい病院の比較的若い先生のほうが理解があるようだ、という傾向が分かってきました。

中には舌癒着症の手術をしたと聞くと、手術ができる病院を紹介してほしいと言ってくる先生もいたそうです。


9か月検診は余裕でクリア

生後半年頃から離乳食を食べ始め、7か月になってハイハイをするようになったら、体重が増えるペースもかなり上がりました。体力がついたぶんいろいろ大変になった面もありますが^^; やっぱり元気なのはいいことです。9か月児検診時には、発育状態はほぼ平均レベルになり、知的発達も問題なし。先生に褒められるレベルになりました。


まとめ


他の方の舌癒着症手術体験記には、原因不明のひどい症状に何年も悩まされてきた家族が「舌癒着症」という病気を知り、手術を受けたことで劇的に改善した……というドラマチックな話もあります。でもわが家の場合は、幸いにも、そこまで大変なことはありませんでした。

ひどい湿疹とかアレルギーといった分かりやすい症状もなく、呼吸が改善したらしい様子や、顔つきの変化などは見ていますが、いずれも微妙な変化です。また、生まれてからほんの3週間で手術をしてしまったので、術前・術後の比較があまりできていません。

こういう認識は、舌癒着症治療に関するひとつの落とし穴だ、ともいえそうです。手術後の見た目の状態の変化というのは、気を付けてよーく見ていないと分からないもので、2回の手術とも、術前・術後の変化については妻に聞かないと分からなかったこと、先生に聞いて初めて気づいたことが多くありました。

おそらく舌癒着症の治療にあたっては「観察力」があった方がいいです。わが家ではできなかったのですが、手術前後の顔つき、泣き声、寝ている姿勢などの変化を見るために、写真やビデオを撮っておくのも良いのではないかと思います。

もうひとつ「想像力」も重要です。私たちはみんな、生まれてからこれまで、自分の呼吸器でしか呼吸をしたことがありません。だから「今の状態の呼吸は不十分です。手術をすればもっと呼吸できるようになります」と言われて、その状態をうまく想像できるでしょうか? 私は、自分自身が手術をして「もっと呼吸できる状態」を実感するまで、そこについてはずっと半信半疑というか、イメージできないままでした。

最後に、息子の場合は骨盤内の血流の悪さなどの問題もあったし、舌癒着症の手術だけで、全ての問題は解決しなかっただろうと思います。また、おっぱいを吸う力などは成長して体力がつくことも必要で、やはり舌の手術をしたら劇的に成長が促進する、というものでもないようです。逆説的にいえば、舌癒着症を認めない医師の「舌の手術をしなくても成長によって諸症状は(ある程度)改善する」という見解も、そういう意味では正しいのでしょう。

だから、舌癒着症の手術に過剰に期待しすぎないことも大事だと思います。また一方で、手術によって呼吸が改善することは、長期的に見ればあらゆることを少しずつ良い方向に持って行ってくれる、という考え方もできます。

何しろ「衣食足りて礼節を知る」以前に「呼吸」が足りていないわけですから、まずはこれを改善してあげることが、ゆくゆくは「礼節を知る=将来の社会生活の充足」にもつながる、と思っています。


妻のコメント:
3600gで産まれた息子の体重が3200gを割ったときの衝撃は、今もよく覚えています。

体調を崩すたびに後ずさりながら、それでも少しずつ体重が増えていき、4,000g、5,000gと壁を越え、そのたびに「ああ、もうこれで大丈夫」と思いながらも安心できないままでした。

6,000gを超えてからは長い停滞期になりましたが、離乳食を初め、ハイハイが始まってから急激に増えるようになりました。 後になって6k台のよその赤ちゃんを抱っこすると、あまりの軽さに驚きます。身体が息子の重さに慣れちゃってるんですね。

長い間心配してきましたが、今思えば体重が軽かった分、たくさん抱っこできてよかったと思います。(今も抱っこしまくりなんですけれど)

今、出かけた先の授乳室や児童館などで、同じ乳児連れのお母さんとお話する機会がよくあります。

お互い育児についていろいろな悩みを持っていますので、初対面でも話は尽きないのですが、見ていて「この子は舌癒着症なんじゃないかしら?」と思うことがあります。

でも、いきなり「舌癒着症なのでは?」なんて聞けないので、話の流れで機会があれば自分から「うちの子は…」と話すようにしています。 わが子が可愛いのはみんな同じだし、健やかな成長を願うのも同じです。

私達家族と同じような悩みを持ちながら、舌癒着症のことを知らないで悩み続けるのと、知ってはいるけど様子を見るのとは違うと思います。

どうかたくさんの人に舌癒着症のことを知ってほしいと思います。


最後に抱き癖についてですが、「抱き癖」が治すべき問題だとすると、再手術後もあんまり治っていません。4か月頃までレンタルしていたベビーベッドはほとんど出番がありませんでしたし、今でもベビーカーにあまりおとなしく乗っていてくれず、出かけるときは抱っこが多いです。

とはいえ、これは同じ「抱き癖」にしても質が違うんですね。舌癒着症に起因する場合は「呼吸が楽になる姿勢で抱かれていないと息ができないから」抱っこを求めるのであり、親に甘えて抱っこをねだっているのとは違います。

そして、わが家では「子育てハッピーアドバイス」という本を読み、親に甘える抱き癖は問題ではない。求められる限りは抱っこしてあげよう、という考え方でいますから、これはこれで問題ないと考えています。腰が痛いですけど(特に妻の)。

生後1か月。今度は指圧屋さんへ

助産院で1か月検診。ミルクとの混合によって体重は増えていますが、かなりスローペースです。ミルク飲みの下手さは相変わらずでしたから、無理もなかったのでしょう。

一時は良かった手足の冷たさ、チアノーゼ、大理石様皮膚なども、何となく気になるようになってきました(後に再癒着していたことを指摘されることになります)。助産院の先生から「首が肋骨に少しめりこんでるような感じになっている」といった指摘もあり、治療のために指圧屋さんを紹介して貰いました。

この指圧の効果は凄かった。検診の結果、息子は骨盤内の血流が悪いのが消化の悪さに繋がっていて、また、肋骨と首のあたり(だったかな?)が歪んでいたとのことでした。体のあちこちを触って(後日私も受診しましたが、体を強く押したり捻ったりはいっさいなく「軽く触られている」ぐらいの感覚でした)もらうと、みるみるうちに血色が良くなって全身がピンク色になり、首がすっと伸びたように見えました。呼吸も楽になったような感じでした。

その後しばらく、定期的に指圧に通うようになります。ずっと続いていたウンチの出の悪さは、この治療後にかなり改善しました。

助産院での出産にあたっては東洋医学の理論に基づいた栄養指導を受けたり、鍼灸やアロマテラピーをやりました。そして出産後は指圧と、この1年ほどは東洋医学のお世話になりっぱなしでした。


心臓疾患が疑われ、大病院で検診を受けるハメに


生後1.5か月ほど。舌の手術と指圧の効果はあったものの、あいかわらず大理石様皮膚は完全に消えないし、チアノーゼもあり、発育も良くなく、根本的な解決には至っていません。何だかんだあって心臓の疾患が疑われ、大病院の小児循環器科で検査を受けることになりました。

結果としては心臓の異常はナシとのことだったのですが、赤ちゃんの発育が悪いと育て方が疑問視されたり赤ちゃんのあらゆる部分に障害が疑われたりと、親の気が休まりませんね。

大丈夫だろうと思っていても、一応は専門家である人に疑われるのは、親の心臓に良くありません。こうしてストレスが蓄積し、病院通いで体力的にも疲弊して、ますます育児がうまく行かなくなる……という悪循環に陥ることもあるのではないでしょうか。


この後、バセドウ病の影響があるかもしれない……という話にもなりました。甲状腺の病院で妻が話を聞いたところによると、

・赤ちゃんの体重が増えにくいということで甲状腺疾患の検査をするには、簡単な血液検査でできる
・甲状腺疾患が遺伝するかはまだわかっていないが、もししたとしても症状が現れるのは思春期になってからだから、その頃に念のため検査するのでも大丈夫
・甲状腺疾患のある赤ちゃんは顔つきが違うから、見たらすぐわかるが息子は違うから大丈夫だと思う(でも、小児科の先生ではないので断言はできない)
・でも、心配なら一度調べてもらってはどうか?

とのことでした。ですが心臓も問題ないし、体重も少しずつではあるものの増えていたので、検査はせず少し様子をみよう、ということにしていました。

ビッグ赤子誕生。即・要手術

2006年5月、わが家の息子(第1子)が助産院で誕生しました。

妻には甲状腺疾患(バセドウ病)があり、この病気があると発育不良を起こすことがある、ということで産婦人科のお医者さんも気にかけて下さっていたのですが、終始順調に成長を続け、身長53cm、3,600g超というビッグな状態で生まれてきました。ぐいぐいと母胎から出てこようとする姿には、助産師さんが驚いたほどです。

なぜ助産院で生むことにしたのか、という話もひとくさりあるのですが、それは別の機会にすることにして……(ちなみに、「自然な育児」とか「助産院で自然なお産」のような指向をしていたわけでは全くありません。感じのいい産婦人科が見つからず、あちこちに当たった中で信頼して埋める助産院に行き着いた、という感じでした)。

出産後、助産師の先生から「この子は舌小帯(ぜっしょうたい)と上唇小帯(じょうしんしょうたい)が短いから、できるだけ早く切った方がいいわよ」と言われ、言われるままに手術を決め、向井診療所に予約を入れてもらいました。同時にスプーンで舌を持ち上げるように、という指導も受けていたそうです(妻が)。

この時には、妊娠が分かった時から今まで何もかもが驚くほど順調に進んできていたから、舌の手術ぐらいのことがあった方が(簡単に終わるらしいし)逆に安心できるなと、別に気休めとしてでもなく、そう思っていました。まだ舌癒着症による哺乳障害や呼吸障害などについては分かっておらず、単に「舌のつき方がヘン」なのだという認識でした。


向井診療所の予約はちょうど3週間後。その日は聞きなれない「舌小帯」、「上唇小帯」、そして「向井診療所」という言葉をメモして帰宅し、いろいろ検索してみたのですが、向井診療所のなんだか難しげなホームページがあった他は、これといって有用な情報が見つからなかったなあ、と思ったのが記憶に残っています。

この段階で、よく分からないながらも手術を決断した理由は、助産院に持っていた強い信頼感からでした。出産や育児について病院によって医師によっても言ってることがバラバラで、あちこちで話を聞けば聞くほどわけが分からない、誰の言うことを聞けばいいのやら? という状況だったのですが、こちらの助産師の先生は終始親身になって筋の通った納得感のある説明をしてくれ、実際のケアも効果がありました。なので、よほどのことがない限りは、言われたことをやっていこう、と考えていたのです。

しかも、院長先生みずからも少し前に舌癒着症の手術を経験し、ほかの助産師さんたちも次々と手術をして効果を語ってくれて、手術への期待が次第に高まっていきました。


体重が減る一方で……


赤ちゃんは生まれたときに3日分のお弁当と水を持って生まれてくるから、3日間は体重が減っても大丈夫、10%ぐらいの体重減は普通です……と言われます。うちの息子もそういう推移を辿り、また同時に、生まれた時がビッグ過ぎたので、少し糖水(砂糖を溶いたお湯)を足すように指導されました。

母乳+糖水で生後2週間になる少し手前ぐらいだったでしょうか。何日もウンチが出ず、何となくどんんどん軽くなる……と思って体重計に乗せてみたら、体重が出生時より15%近く減っていました。あわてて助産院に連絡し、その日からミルクを足すことに。そうしたらウンチも2日に1回ぐらいのペースで出るようになりました。

いま思えば、この問題は非常に難しいものでした。舌癒着症の子は母乳を飲むのが下手だし、第一子に対して母乳がちゃんと出るか、出ないかという母親側の問題もある。どっちが(またはどっちも?)原因なのか、よく分かりません。とりあえずの解決策として「ミルクを足す」というのは簡単ですが、長期的に見てそれが本当にベストな解決策だったのかどうか、というと悩ましいです。

この頃の私は、赤ちゃんが母乳を飲む技術というのは本能にインプットされているのだから「母乳が上手に飲めない」ということはあり得ない、と考えていて、わりとシンプルに「母乳が十分に出てないからじゃないの?」という思いを持っていました。これが妻にとってプレッシャーになってしまっていたとしたら、全くもって申し訳なかったと思います。

妻のコメント:
妊娠中から母乳育児を目指していたので、こんなに早々に母乳以外のものを与えることについては罪悪感を持っていました。

後に憑かれたように母乳育児についての本を読みあさりましたが、たいていはいかに母乳育児が素晴らしいかを書いているだけで、確かに母乳育児が素晴らしいと思って努力しているのに叶わない人がどうしたらいいかを知ることはできませんでした。

息子はおっぱいを吸うのが下手くそだったので、ただ咥えてやわやわとしゃぶっている程度でした。ぎゅうぎゅうと吸うことは出来ませんでした。


この頃に見られた症状


舌癒着症の子は手足が冷たいとか、体が堅いとか、いろんな特徴があるとされます。が、初子で比較対象がない上に3週間で手術してしまったので、私は手術前後の違いをあまりよく分かっていません。ずっと接していた妻の方がよく分かっていますので、聞いた話を元にまとめてみると……。

大きな口を開けて泣いたとき、舌が丸まってハート型になっている
舌小帯が短いために舌の真ん中が引き攣れてしまいハート型になる、というのは舌癒着症の最も分かりやすい症状です。

おっぱい、ミルクを飲むのが下手で時間がかかり、体重も増えにくい
60ccほどのミルクに40~50分ほどかかるし、途中でウトウトして寝かかってしまうこともあり、ツンツンとつついて起こし、続きを飲ませたりしていました。調べてみると、新生児でも60ccぐらいのミルクは10分程度で飲めるのが普通だそうですから、それだけ飲むのが下手だったのでしょう。

ミルクを飲むのが下手で、途中で疲れて寝てしまい、十分な栄養を摂れなくて発育不十分、というのはいま思うと典型的な舌癒着症が原因で起こるトラブルです。とはいえ、これは舌の手術だけでは完全解決しませんでした。

手足が冷たく、まだら模様(大理石模様)
太ももまで冷たかった。

身体をつっぱらせていて、抱いた感じが硬い。抱き癖、向き癖あり


おっぱい、ミルクを飲むと喉がゼロゼロ鳴る
飲んだ後、呼吸をするたびに、たんがからんだような音を立てていました。

やけに寝相が悪い、寝返りをする。いびきをかく
寝返りは通常、生後5か月頃から始まるものですから、新生児が寝返りを打つのは異常です。背中を反らせたり、ぱたんと半回転したり、いま思えば息ができずに苦しんでいるような感じ。手術後に見られるようになった、普通の赤ちゃん寝返りとは異質な寝返りでした。

また、夜中に5、6時間続けて寝ていました。これは親としては楽でいいんですが、赤ちゃんは3時間ぐらいごとにおなかを空かせて起きるのが正常ですから、やはり問題のある状態だったのだと思います。理由はよく分かりませんが、疲れすぎか消化不良だったのかもしれません。手術後しばらくしてから、夜中にもよく起きるようになりました。

ニアミス?
いちど、寝ている途中で突然苦しそうに体を反らせてゲホゲホと何かを吐き出し、火がついたように泣き出したことがありました。こういうのをニアミス(乳幼児突然死症候群で死亡する前に、親が気づいて助かったケース)と言うんでしょうか。ヒヤッとしました、そして、これも舌の手術で良くなるのなら、一刻も早く手術しなければ……、と思いました。手術後、こうした状態は一度も起こっていません。

泣くときに呼吸が止まる、憤怒痙攣のような症状
憤怒痙攣は「泣き入り引きつけ」とも言い、恐怖や怒りなどによって激しく泣くときに呼吸が止まり、低酸素状態になってしまう症状。生後半年~2歳ころに起きるもので、新生児が憤怒痙攣を起こすのはおかしいようです。

憤怒痙攣のような症状を起こすたびに「ほら息して!」とあわてて背中を叩いたり、よくしました……。が、舌癒着症が原因なのか、赤ちゃんは誰でもこんなものなの(泣き方含めて)か、最初はよく分かりませんでした。

生後すぐに私がひとりで子守をすることになったとき、何をやっても泣き止んでくれなくて、あのときは心底困りましたね……。まだ付き合いが浅いから、なんで泣いてるのかもよく分からないし。ひと月ぐらいした頃にはだいぶ付き合い方が分かってきましたが、それが手術の影響なのか、そうでないのかは不明です。

M禿げ
笑福亭鶴瓶のような生え際。胃腸が弱い子に特徴的なものであり、舌癒着症の子の特徴のひとつでもあるそうです。順調に発育する子でMハゲの子はいない、のだとか。

妻のコメント:
息子が産まれたとき、髪の毛がフサフサしているのを見て驚きました。私が赤ちゃんのときはたいへん髪の毛が薄く、七五三のときにもかんざしが止まらず親を心配させるほどだったからです。

きっと私に似て髪の毛が薄い子だろうと思っていたのでホッとしたものの、額が広くこめかみから頭頂部にかけて部分的に薄く、息子はいわゆる「Mハゲ」の状態。赤ちゃんなのにオジサンぽい髪型が微笑ましく感じられました。

また、息子は産まれた翌日に寝返りをして、布団から一回転して落ちたことがあります。なんて元気な子だろうと思い、親や友人たちに自慢したものでした。

でも、後から考えると、寝返りをして布団から落ちたのは、呼吸がし難くて苦しんでいたからなんですね。
舌癒着症の赤ちゃんは身体が硬く、横に寝ていると呼吸がし難くてたて抱きにされたがるんだそうです。せっかく産まれてきたのになんだか苦しくて、息子が布団から落ちるほど寝相が悪かったのは呼吸困難でのたうちまわってたからなのだと思うと、申し訳なくて胸が痛みます。


生後3週目。長距離タクシーで向井診療所へ


さて生後3週間になり、向井診療所に行く日がやってきました。わが家のある東京都心部から向井診療所のある大和までは、小田急線のロマンスカーで行くのが良いということでしたが、診察開始時刻に合うちょうどいい電車がないのと、周りに風邪をひいた人がいたらアウト、という話を聞いて心配になったのとで、タクシーで行くことにしました。

普通、生後3週間の子を外に連れ出したりはしません。だから心配で心配で……。妻もまだ体力が回復しきっていませんから、できるだけ歩かないですむように、という理由もありました。

とはいえ長距離タクシーはお金がかかりますから、ネットで探して、格安料金の業者を探しました。サイトによると障害者用の設備がついた車両なども持っていたりして非常に弱者へのケアが行き届いてる雰囲気を出していたんですが、「新生児を乗せるので」と断って予約したのに煙草臭い喫煙だし……。いま思えば「禁煙車両で」と明確に依頼しなかったのでアレなんでしょうけど当時は大変ナーバスになっていたので、このタクシー業者は二度と利用しないことにしました。

ちなみに、標準的な料金のタクシーで都心部-大和は15,000円ほど。低価格タクシーだと13,000ちょっとぐらい。わりと差はありませんでした。


向井診療所は怖かった


心配した渋滞もほとんどなく、診察開始の1時間以上前に向井診療所に到着。車中では静かに寝ていてくれた息子ですが、降りたとたんに号泣。まだ開いてない病院の前でミルクをどうしよう……とかオロオロしていると、両手の指を口に入れて勢い良くチュパチュパしだしました(0か月児は普通、指しゃぶりをしません。これは呼吸が苦しいか、あまりにもひもじかったためだと考えられます)。この時はホントに悲しかったですね。

おなかの中にいたときは、臍の緒から酸素も栄養も十分に貰って、平均よりもずっと大きく成長していたんですよね。それが外に出てからは、酸素も十分に吸えず、栄養も摂れずでどんどん小さくなってしまって。あんなにがんばって生まれてきて、こんなことになるとは本人も思ってなかっただろうなあ、とか思うと……。まあ、とにかく手術すれば良くなるだろうと、そう考えるぐらいしかできませんでした。

妻のコメント:
このとき、授乳用スカーフを持って行って早朝の玄関前でおっぱいをあげました。でもあれ、かえって「私授乳してますよ」って宣伝してるみたいで恥ずかしいですね。いま思えば、その後に買ったような授乳服(こんなのとか)でちょちょいのちょいなのにな。

この時の荷物は、1日分の宿泊用品(手術の翌日に検査があるので、一泊する予定でした)のほかにミルク道具一式、消毒用にミルトンを溶いたボトルを持ってきたり、と大変な大荷物でした。なんとか院内に入ってミルクを作り、ひと段落……。

向井診療所は打ちっぱなしのコンクリートがよく言えばモダン、悪く言えば殺風景な建物。舌癒着症の手術を大量にこなすためか妙に事務的な職員や素っ気無い看護師さんの態度と相まって、後者の、殺伐とした印象が強いです。

私たちが行ったときには、乳児の舌癒着症は月曜に行われており、午前中に診察をして午後に手術というスケジュールでした。

診察は、鼻の穴からファイバァースコープを入れて喉頭の様子を観察し(当然子どもは大泣き)、これは親も一緒に見せられます。息子は喉頭の上に何か(忘れました)がかぶさるような感じになっていてのどの奥にある気道が見えず、不自然な喉頭の状態で泣きすぎているためポリープができていると(それは手術すれば自然に治ると)言われました。その後、もちろん舌の状態も診察します。

その後、授乳中の酸素飽和度を計ったり、手術の説明を受けたりして午前中の診察は終了。午後の手術開始までしばらく待ちます。3、4時間ほどあったかな? 診療所内で待たせてもらえるので、ビクビクしつつ待ちました。2階の待合室には「べろのせんせい、ありがとう」なんて子どもが描いた絵が貼られていたりしました。

午後は、近くの薬局で薬(感染症予防の抗生物質と痛み止めの座薬)を買い、母親に連れられて2階の手術室へ。手術自体は一瞬で終了し、手術後に母乳またはミルクを20cc(50ccだったかも?)飲めた時点で解放してもらえます。母乳のお母さんもいるので、父親は2階には入れてもらえません。

おでかけ用品のまとめ:
●手術後はミトンが必要になります。要は指を口の中に入れられなくすればいいので、きれいな靴下でも代用可です。わが家は靴下を使いました
●抗生物質(粉薬)を飲ませるために、スポイトやおくすり用ゼリーも持っていきましょう


手術の様子


妻から聞いた手術の様子です。

おむつ換えの準備と、ミルクの子はミルクの準備をして2階に集合します。実際にはミルクに関して事前に説明がなく、後で(私も含め)えらい目に遭いました。しかも手術は月齢が若い順に行なわれ生後3週間の息子は1番だったし、流れ作業チックで看護師さんは荒っぽいしで、本当に大変だったようです。

手術直後、帰ってきた息子を抱いた妻は「ふにゃっとして、つきたてお餅のように身体が柔らかくなっていたのにびっくりした」そうです。また、おっぱいを咥えたときには、一瞬だけ痛そうに顔をゆがめて離したけど、すぐに吸い付いてちゅうちゅう吸い出し、今までとは比べ物にならない強さだったそうです。

全員の手術終了後、看護師さんから「新生児のうちは手術をしても何もわからないけど、これが3か月頃になると、自分が痛いめにあうのは親のせいだというのがわかってくる。親がそれを許したために、自分がひどいめにあうんだとわかっているので、手術をした理由などきちんと説明してあげるように」という意味合いのことを言われたそうです。確かに、そういう説明は大事ですね。あと、術前、術後にアンケートを取られます。症状と改善例のデータを集めるためでしょう。

手術後の診察で、のどのファイバースコープ映像で気道が見えることを確認。授乳中の酸素飽和度が99%になっているのも確認。傷口に手で触れないようにミトンをつけるように、授乳の前には乳首の消毒をするように、等の指導を受けて帰ります。大和駅周辺でミトンを探しましたが見つからなかったので、靴下を使いました。

その日は大和第一ホテルで一泊。向井診療所には遠くから手術に来る人も多いので、タクシーもホテルも「向井診療所」というとだいたい話が通じます。


手術後の変化


手術直後の私が見た印象としては、何となく顔色がいいような、少し目の輝きが違うような……といった感じ。明らかに違ったのは、抱っこひもにおとなしく入ってくれるようになったこと、少しあごのラインがほっそりしたことでした。

抱っこひもについては、それまでは抱っこひもに乗せられると気道が確保できず苦しかったのが、手術のおかげで大丈夫になったのだと思われます。あごのラインがほっそりとして顔つきが変わり、ちょっと「赤ちゃん」から「少年」ぽくなりました。

妻が見た変化としては、

抱いた感じが柔らかくなった
おっぱいを吸う力が強くなった
手足と顔の血色がよくなった
目をぱっちりと開けてまっすぐこっちを見るようになり、二重になった

また、泣いたときに舌が丸まってハート型になるのは、変わらなかったそうです(私は覚えてません……)。


手術直後は痛みで泣くそうなので痛み止めを使い(座薬を1/2に切って入れます)、ホテルのコーヒー用湯沸し器で哺乳瓶を何度も熱湯消毒しつつ、その日を過ごしました。

翌日は朝から検査。舌と喉頭の状態を診ます。鼻からファイバースコープを通して気道を確認し、授乳中の酸素飽和度を計ったりして、異状なしということで解放となりました。

手術後の検査は翌日、1週間後、1か月後に行います。1週間後の検査も長距離タクシーを利用し、1か月後の検査の頃にはよく散歩に連れ出すようにもなっていたので、小田急線(普通電車)を利用しました。

ちなみに、向井診療所で鼻吸い器を買わされて鼻吸いを習い、手術後1週間ぐらいは毎日スプーンで舌を持ち上げる(手術した部分が再癒着しないように)ようにと言われます。我が家では鼻吸いはほとんどやらなかったし、スプーンでの持ち上げはたいして意味ないかもしれません。このあたり詳しくは後述します。

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