息子の手術体験1:生後3週間で向井病院にて手術

ビッグ赤子誕生。即・要手術

2006年5月、わが家の息子(第1子)が助産院で誕生しました。

妻には甲状腺疾患(バセドウ病)があり、この病気があると発育不良を起こすことがある、ということで産婦人科のお医者さんも気にかけて下さっていたのですが、終始順調に成長を続け、身長53cm、3,600g超というビッグな状態で生まれてきました。ぐいぐいと母胎から出てこようとする姿には、助産師さんが驚いたほどです。

なぜ助産院で生むことにしたのか、という話もひとくさりあるのですが、それは別の機会にすることにして……(ちなみに、「自然な育児」とか「助産院で自然なお産」のような指向をしていたわけでは全くありません。感じのいい産婦人科が見つからず、あちこちに当たった中で信頼して埋める助産院に行き着いた、という感じでした)。

出産後、助産師の先生から「この子は舌小帯(ぜっしょうたい)と上唇小帯(じょうしんしょうたい)が短いから、できるだけ早く切った方がいいわよ」と言われ、言われるままに手術を決め、向井診療所に予約を入れてもらいました。同時にスプーンで舌を持ち上げるように、という指導も受けていたそうです(妻が)。

この時には、妊娠が分かった時から今まで何もかもが驚くほど順調に進んできていたから、舌の手術ぐらいのことがあった方が(簡単に終わるらしいし)逆に安心できるなと、別に気休めとしてでもなく、そう思っていました。まだ舌癒着症による哺乳障害や呼吸障害などについては分かっておらず、単に「舌のつき方がヘン」なのだという認識でした。


向井診療所の予約はちょうど3週間後。その日は聞きなれない「舌小帯」、「上唇小帯」、そして「向井診療所」という言葉をメモして帰宅し、いろいろ検索してみたのですが、向井診療所のなんだか難しげなホームページがあった他は、これといって有用な情報が見つからなかったなあ、と思ったのが記憶に残っています。

この段階で、よく分からないながらも手術を決断した理由は、助産院に持っていた強い信頼感からでした。出産や育児について病院によって医師によっても言ってることがバラバラで、あちこちで話を聞けば聞くほどわけが分からない、誰の言うことを聞けばいいのやら? という状況だったのですが、こちらの助産師の先生は終始親身になって筋の通った納得感のある説明をしてくれ、実際のケアも効果がありました。なので、よほどのことがない限りは、言われたことをやっていこう、と考えていたのです。

しかも、院長先生みずからも少し前に舌癒着症の手術を経験し、ほかの助産師さんたちも次々と手術をして効果を語ってくれて、手術への期待が次第に高まっていきました。


体重が減る一方で……


赤ちゃんは生まれたときに3日分のお弁当と水を持って生まれてくるから、3日間は体重が減っても大丈夫、10%ぐらいの体重減は普通です……と言われます。うちの息子もそういう推移を辿り、また同時に、生まれた時がビッグ過ぎたので、少し糖水(砂糖を溶いたお湯)を足すように指導されました。

母乳+糖水で生後2週間になる少し手前ぐらいだったでしょうか。何日もウンチが出ず、何となくどんんどん軽くなる……と思って体重計に乗せてみたら、体重が出生時より15%近く減っていました。あわてて助産院に連絡し、その日からミルクを足すことに。そうしたらウンチも2日に1回ぐらいのペースで出るようになりました。

いま思えば、この問題は非常に難しいものでした。舌癒着症の子は母乳を飲むのが下手だし、第一子に対して母乳がちゃんと出るか、出ないかという母親側の問題もある。どっちが(またはどっちも?)原因なのか、よく分かりません。とりあえずの解決策として「ミルクを足す」というのは簡単ですが、長期的に見てそれが本当にベストな解決策だったのかどうか、というと悩ましいです。

この頃の私は、赤ちゃんが母乳を飲む技術というのは本能にインプットされているのだから「母乳が上手に飲めない」ということはあり得ない、と考えていて、わりとシンプルに「母乳が十分に出てないからじゃないの?」という思いを持っていました。これが妻にとってプレッシャーになってしまっていたとしたら、全くもって申し訳なかったと思います。

妻のコメント:
妊娠中から母乳育児を目指していたので、こんなに早々に母乳以外のものを与えることについては罪悪感を持っていました。

後に憑かれたように母乳育児についての本を読みあさりましたが、たいていはいかに母乳育児が素晴らしいかを書いているだけで、確かに母乳育児が素晴らしいと思って努力しているのに叶わない人がどうしたらいいかを知ることはできませんでした。

息子はおっぱいを吸うのが下手くそだったので、ただ咥えてやわやわとしゃぶっている程度でした。ぎゅうぎゅうと吸うことは出来ませんでした。


この頃に見られた症状


舌癒着症の子は手足が冷たいとか、体が堅いとか、いろんな特徴があるとされます。が、初子で比較対象がない上に3週間で手術してしまったので、私は手術前後の違いをあまりよく分かっていません。ずっと接していた妻の方がよく分かっていますので、聞いた話を元にまとめてみると……。

大きな口を開けて泣いたとき、舌が丸まってハート型になっている
舌小帯が短いために舌の真ん中が引き攣れてしまいハート型になる、というのは舌癒着症の最も分かりやすい症状です。

おっぱい、ミルクを飲むのが下手で時間がかかり、体重も増えにくい
60ccほどのミルクに40~50分ほどかかるし、途中でウトウトして寝かかってしまうこともあり、ツンツンとつついて起こし、続きを飲ませたりしていました。調べてみると、新生児でも60ccぐらいのミルクは10分程度で飲めるのが普通だそうですから、それだけ飲むのが下手だったのでしょう。

ミルクを飲むのが下手で、途中で疲れて寝てしまい、十分な栄養を摂れなくて発育不十分、というのはいま思うと典型的な舌癒着症が原因で起こるトラブルです。とはいえ、これは舌の手術だけでは完全解決しませんでした。

手足が冷たく、まだら模様(大理石模様)
太ももまで冷たかった。

身体をつっぱらせていて、抱いた感じが硬い。抱き癖、向き癖あり


おっぱい、ミルクを飲むと喉がゼロゼロ鳴る
飲んだ後、呼吸をするたびに、たんがからんだような音を立てていました。

やけに寝相が悪い、寝返りをする。いびきをかく
寝返りは通常、生後5か月頃から始まるものですから、新生児が寝返りを打つのは異常です。背中を反らせたり、ぱたんと半回転したり、いま思えば息ができずに苦しんでいるような感じ。手術後に見られるようになった、普通の赤ちゃん寝返りとは異質な寝返りでした。

また、夜中に5、6時間続けて寝ていました。これは親としては楽でいいんですが、赤ちゃんは3時間ぐらいごとにおなかを空かせて起きるのが正常ですから、やはり問題のある状態だったのだと思います。理由はよく分かりませんが、疲れすぎか消化不良だったのかもしれません。手術後しばらくしてから、夜中にもよく起きるようになりました。

ニアミス?
いちど、寝ている途中で突然苦しそうに体を反らせてゲホゲホと何かを吐き出し、火がついたように泣き出したことがありました。こういうのをニアミス(乳幼児突然死症候群で死亡する前に、親が気づいて助かったケース)と言うんでしょうか。ヒヤッとしました、そして、これも舌の手術で良くなるのなら、一刻も早く手術しなければ……、と思いました。手術後、こうした状態は一度も起こっていません。

泣くときに呼吸が止まる、憤怒痙攣のような症状
憤怒痙攣は「泣き入り引きつけ」とも言い、恐怖や怒りなどによって激しく泣くときに呼吸が止まり、低酸素状態になってしまう症状。生後半年~2歳ころに起きるもので、新生児が憤怒痙攣を起こすのはおかしいようです。

憤怒痙攣のような症状を起こすたびに「ほら息して!」とあわてて背中を叩いたり、よくしました……。が、舌癒着症が原因なのか、赤ちゃんは誰でもこんなものなの(泣き方含めて)か、最初はよく分かりませんでした。

生後すぐに私がひとりで子守をすることになったとき、何をやっても泣き止んでくれなくて、あのときは心底困りましたね……。まだ付き合いが浅いから、なんで泣いてるのかもよく分からないし。ひと月ぐらいした頃にはだいぶ付き合い方が分かってきましたが、それが手術の影響なのか、そうでないのかは不明です。

M禿げ
笑福亭鶴瓶のような生え際。胃腸が弱い子に特徴的なものであり、舌癒着症の子の特徴のひとつでもあるそうです。順調に発育する子でMハゲの子はいない、のだとか。

妻のコメント:
息子が産まれたとき、髪の毛がフサフサしているのを見て驚きました。私が赤ちゃんのときはたいへん髪の毛が薄く、七五三のときにもかんざしが止まらず親を心配させるほどだったからです。

きっと私に似て髪の毛が薄い子だろうと思っていたのでホッとしたものの、額が広くこめかみから頭頂部にかけて部分的に薄く、息子はいわゆる「Mハゲ」の状態。赤ちゃんなのにオジサンぽい髪型が微笑ましく感じられました。

また、息子は産まれた翌日に寝返りをして、布団から一回転して落ちたことがあります。なんて元気な子だろうと思い、親や友人たちに自慢したものでした。

でも、後から考えると、寝返りをして布団から落ちたのは、呼吸がし難くて苦しんでいたからなんですね。
舌癒着症の赤ちゃんは身体が硬く、横に寝ていると呼吸がし難くてたて抱きにされたがるんだそうです。せっかく産まれてきたのになんだか苦しくて、息子が布団から落ちるほど寝相が悪かったのは呼吸困難でのたうちまわってたからなのだと思うと、申し訳なくて胸が痛みます。


生後3週目。長距離タクシーで向井診療所へ


さて生後3週間になり、向井診療所に行く日がやってきました。わが家のある東京都心部から向井診療所のある大和までは、小田急線のロマンスカーで行くのが良いということでしたが、診察開始時刻に合うちょうどいい電車がないのと、周りに風邪をひいた人がいたらアウト、という話を聞いて心配になったのとで、タクシーで行くことにしました。

普通、生後3週間の子を外に連れ出したりはしません。だから心配で心配で……。妻もまだ体力が回復しきっていませんから、できるだけ歩かないですむように、という理由もありました。

とはいえ長距離タクシーはお金がかかりますから、ネットで探して、格安料金の業者を探しました。サイトによると障害者用の設備がついた車両なども持っていたりして非常に弱者へのケアが行き届いてる雰囲気を出していたんですが、「新生児を乗せるので」と断って予約したのに煙草臭い喫煙だし……。いま思えば「禁煙車両で」と明確に依頼しなかったのでアレなんでしょうけど当時は大変ナーバスになっていたので、このタクシー業者は二度と利用しないことにしました。

ちなみに、標準的な料金のタクシーで都心部-大和は15,000円ほど。低価格タクシーだと13,000ちょっとぐらい。わりと差はありませんでした。


向井診療所は怖かった


心配した渋滞もほとんどなく、診察開始の1時間以上前に向井診療所に到着。車中では静かに寝ていてくれた息子ですが、降りたとたんに号泣。まだ開いてない病院の前でミルクをどうしよう……とかオロオロしていると、両手の指を口に入れて勢い良くチュパチュパしだしました(0か月児は普通、指しゃぶりをしません。これは呼吸が苦しいか、あまりにもひもじかったためだと考えられます)。この時はホントに悲しかったですね。

おなかの中にいたときは、臍の緒から酸素も栄養も十分に貰って、平均よりもずっと大きく成長していたんですよね。それが外に出てからは、酸素も十分に吸えず、栄養も摂れずでどんどん小さくなってしまって。あんなにがんばって生まれてきて、こんなことになるとは本人も思ってなかっただろうなあ、とか思うと……。まあ、とにかく手術すれば良くなるだろうと、そう考えるぐらいしかできませんでした。

妻のコメント:
このとき、授乳用スカーフを持って行って早朝の玄関前でおっぱいをあげました。でもあれ、かえって「私授乳してますよ」って宣伝してるみたいで恥ずかしいですね。いま思えば、その後に買ったような授乳服(こんなのとか)でちょちょいのちょいなのにな。

この時の荷物は、1日分の宿泊用品(手術の翌日に検査があるので、一泊する予定でした)のほかにミルク道具一式、消毒用にミルトンを溶いたボトルを持ってきたり、と大変な大荷物でした。なんとか院内に入ってミルクを作り、ひと段落……。

向井診療所は打ちっぱなしのコンクリートがよく言えばモダン、悪く言えば殺風景な建物。舌癒着症の手術を大量にこなすためか妙に事務的な職員や素っ気無い看護師さんの態度と相まって、後者の、殺伐とした印象が強いです。

私たちが行ったときには、乳児の舌癒着症は月曜に行われており、午前中に診察をして午後に手術というスケジュールでした。

診察は、鼻の穴からファイバァースコープを入れて喉頭の様子を観察し(当然子どもは大泣き)、これは親も一緒に見せられます。息子は喉頭の上に何か(忘れました)がかぶさるような感じになっていてのどの奥にある気道が見えず、不自然な喉頭の状態で泣きすぎているためポリープができていると(それは手術すれば自然に治ると)言われました。その後、もちろん舌の状態も診察します。

その後、授乳中の酸素飽和度を計ったり、手術の説明を受けたりして午前中の診察は終了。午後の手術開始までしばらく待ちます。3、4時間ほどあったかな? 診療所内で待たせてもらえるので、ビクビクしつつ待ちました。2階の待合室には「べろのせんせい、ありがとう」なんて子どもが描いた絵が貼られていたりしました。

午後は、近くの薬局で薬(感染症予防の抗生物質と痛み止めの座薬)を買い、母親に連れられて2階の手術室へ。手術自体は一瞬で終了し、手術後に母乳またはミルクを20cc(50ccだったかも?)飲めた時点で解放してもらえます。母乳のお母さんもいるので、父親は2階には入れてもらえません。

おでかけ用品のまとめ:
●手術後はミトンが必要になります。要は指を口の中に入れられなくすればいいので、きれいな靴下でも代用可です。わが家は靴下を使いました
●抗生物質(粉薬)を飲ませるために、スポイトやおくすり用ゼリーも持っていきましょう


手術の様子


妻から聞いた手術の様子です。

おむつ換えの準備と、ミルクの子はミルクの準備をして2階に集合します。実際にはミルクに関して事前に説明がなく、後で(私も含め)えらい目に遭いました。しかも手術は月齢が若い順に行なわれ生後3週間の息子は1番だったし、流れ作業チックで看護師さんは荒っぽいしで、本当に大変だったようです。

手術直後、帰ってきた息子を抱いた妻は「ふにゃっとして、つきたてお餅のように身体が柔らかくなっていたのにびっくりした」そうです。また、おっぱいを咥えたときには、一瞬だけ痛そうに顔をゆがめて離したけど、すぐに吸い付いてちゅうちゅう吸い出し、今までとは比べ物にならない強さだったそうです。

全員の手術終了後、看護師さんから「新生児のうちは手術をしても何もわからないけど、これが3か月頃になると、自分が痛いめにあうのは親のせいだというのがわかってくる。親がそれを許したために、自分がひどいめにあうんだとわかっているので、手術をした理由などきちんと説明してあげるように」という意味合いのことを言われたそうです。確かに、そういう説明は大事ですね。あと、術前、術後にアンケートを取られます。症状と改善例のデータを集めるためでしょう。

手術後の診察で、のどのファイバースコープ映像で気道が見えることを確認。授乳中の酸素飽和度が99%になっているのも確認。傷口に手で触れないようにミトンをつけるように、授乳の前には乳首の消毒をするように、等の指導を受けて帰ります。大和駅周辺でミトンを探しましたが見つからなかったので、靴下を使いました。

その日は大和第一ホテルで一泊。向井診療所には遠くから手術に来る人も多いので、タクシーもホテルも「向井診療所」というとだいたい話が通じます。


手術後の変化


手術直後の私が見た印象としては、何となく顔色がいいような、少し目の輝きが違うような……といった感じ。明らかに違ったのは、抱っこひもにおとなしく入ってくれるようになったこと、少しあごのラインがほっそりしたことでした。

抱っこひもについては、それまでは抱っこひもに乗せられると気道が確保できず苦しかったのが、手術のおかげで大丈夫になったのだと思われます。あごのラインがほっそりとして顔つきが変わり、ちょっと「赤ちゃん」から「少年」ぽくなりました。

妻が見た変化としては、

抱いた感じが柔らかくなった
おっぱいを吸う力が強くなった
手足と顔の血色がよくなった
目をぱっちりと開けてまっすぐこっちを見るようになり、二重になった

また、泣いたときに舌が丸まってハート型になるのは、変わらなかったそうです(私は覚えてません……)。


手術直後は痛みで泣くそうなので痛み止めを使い(座薬を1/2に切って入れます)、ホテルのコーヒー用湯沸し器で哺乳瓶を何度も熱湯消毒しつつ、その日を過ごしました。

翌日は朝から検査。舌と喉頭の状態を診ます。鼻からファイバースコープを通して気道を確認し、授乳中の酸素飽和度を計ったりして、異状なしということで解放となりました。

手術後の検査は翌日、1週間後、1か月後に行います。1週間後の検査も長距離タクシーを利用し、1か月後の検査の頃にはよく散歩に連れ出すようにもなっていたので、小田急線(普通電車)を利用しました。

ちなみに、向井診療所で鼻吸い器を買わされて鼻吸いを習い、手術後1週間ぐらいは毎日スプーンで舌を持ち上げる(手術した部分が再癒着しないように)ようにと言われます。我が家では鼻吸いはほとんどやらなかったし、スプーンでの持ち上げはたいして意味ないかもしれません。このあたり詳しくは後述します。